Book2008_04

080527.jpg尾崎士郎
「聖妖女」

ソープデッシュか文学か?

昭和35年に発行されたという、尾崎士郎氏の「聖妖女」タイトルの凄さに思わず購入してしまったのだけど、箱や装丁がまた昭和の香りをぷんぷんさせていて良い感じ。

箱を開けると、中から鉛筆でラフに描かれた主人公と思わしき女性の姿が・・・直感で、内容はきっとどちらか両極端な結果になるに違いないという気がしてたけど、その予感は的中!

昼ドラにしたらかなり受けそうなソープディッシュぶり!時は戦時中、女手ひとつで美容院を大きくした未亡人の娘が、ある御曹司に恋をしたけど母の手によって引き裂かれ、やがて泣く泣く娘は別の裕福な男性と結婚するの。戦況は悪化し娘は夫の両親のもとへ逃れるものの、姑のいじめがエスカレート。

家を飛び出し自分の洋裁の腕を頼りに独立し、その腕の良さが評判になって仕事は大成功!でもその臭いを嗅ぎつけた義兄にお金をとられるわ、夫は仕事に就かないわ、子供は産まれるわ、アメリカ人に横恋慕されるわと、かなりジェットコースター的展開で、悲劇のヒロインはどんどん追いつめられていくわ。

やっと出会えた運命の人も、最初は頼もしかったのに蓋を開ければかなりの体たらく・・・娘は自立するだけを考え、夫と子供を"育てて"いこうと誓うの。女性は常に男性をたてて、三歩後ろを歩くというのが当たり前のこの時代、登場する男性が全て稚拙で、それに翻弄される事なく女性が手に職を持ち起業するというテーマに挑んだのは凄いかも。

尾崎氏によれば女性を題材にした初の作品だそうだけど、女性の清らかさの中に"生きていくための強さ"を描こうとしたに違いないと思うの。そして娘自身が気付かなかった"女性の部分を利用して生きていく図太さ"を・・・!いつの時代も女性は強い。ピポ子、残念ながら図太さも女性の部分も無いけど、女性に生まれて良かったピポ。

080430.jpg池田理代子
「おにいさまへ・・・」

愛のありか

以前にも紹介させて頂いたアーティスト、池田理代子先生の代表作のひとつ「おにいさまへ・・・」を10数年ぶりに再読したわ。

ストーリーの結末がわかっているのに何度も読みたくなるというのは不思議ね。やはり名作とはそういうものなのかしら・・・。時間を超えて読み終わった後の感動もひとしおよ。

絵柄はピポ子が一番好きな「ベルサイユのばら」当時のタッチで、細すぎもせず太すぎもしない"最高のライン"で描かれていて、人物設定は濃く、"差別"と"生と死"が作品の二大テーマとして打ち立てられているの。

名門女子高校に入学した、地味でおっちょこちょいだけど心優しい少女は、学園の伝統である"ソロリティメンバー"に選ばれるの。このメンバーに選ばれるには容姿端麗、成績優秀、家柄が良いのが条件なのに、彼女は何一つ条件をクリアしていない。その事からクラスメイトの反感を買い辛い学園生活が始まるの。

彼女を支える美しい親友、自殺願望の強い男装の麗人、ソロリティクラスの女王、乳がんで余命いくばくもない男勝りのクラスメートが登場し、少女の学園生活は大荒れ。彼女の支えは塾の講師である"お兄さま"に手紙を書いて悩みを打ち明けることだけだったわ・・。

病気と闘い生きようとする者、愛されたいが為に死を見つめる者・・・全ての登場人物が己の求める愛に向かっていき、点であった愛が一本の線に結ばれた時、遂に悲劇が起こるのよ。人間は常に他人と自分を比較しながら生きているわ。でも自分を愛せるようになれれば、何も気にならなくなり良い意味でマイペースになれる。

何を持っているかという事よりどう生きていくか・・・その事がはるかに重要ね!ピポ子も今一度生きるという事をじっくり考え無くちゃ。あ・・・もう朝が・・・。

080426.jpg森茉莉
「甘い蜜の部屋」

残酷な微笑

偶然この作品はピポ子の大好きな三島由紀夫氏が"官能的傑作"と評していというから期待してたの・・・なるほど、読み進むにつれ本編のあちらこちらで三島氏独特の"時間差の人物描写"手法が見られ、二人の感性が共通していると分かり納得したわ。

ストーリーは大きな起承転結はないものの、じわじわと虫が這うような不快感があって凄くいい感じよ。時は大正時代。ある名家に、この世の美を全て集めたような美貌と無意識の媚態を持って生まれてきた少女が生まれるの・・・彼女の名はモイラ。いつまでたっても精神は無垢な子供のままなのだけど、時折毒を含んだ甘い蜜で男性達の人生を狂わしてゆくのよ。

そんな可憐な獣を操る事が出来るのは、彼女を愛してやまない父親だけ。モイラ自身も恋人よりも夫よりも父親を愛し、魂の拠り所にしていたわ。彼女は平凡を蔑み、美しいものだけを愛し、自分の哲学に反するものを排除していくのだけど、それは彼女が完全なる美を持っているから通用する事なのかも・・・。

モイラは恋人、下男、婚約者と次々に自分の崇拝者を増やしていくけど、中学生になったばかりの彼女に、年老いたロシア人のピアノ教師が恋をする場面は絶品!枯れてしまっていた教師の心に宿る小さな情熱の火・・・その火をこっそりと灯し続けることが彼にとっての"蜜"であり、幼いモイラが初めてに男性に与えた"蜜"でもあるの。

どんな年若く美しい青年が登場して愛を語ったとしても、これほどまでに美しくせつない描写はなされないだろうと思うくらい素晴らしいわ。ピポ子も以前、このせつない部分を表現したくて、PODCASTで『ピアノ爺』という作品を作ったのだけど、こういう感覚がヒットするのは母性が強い女性だからこそなのかしら・・・ううむ、頑張らなくちゃ。

最後の章で父親が心中を語る部分は、読者への考慮か分かりやすい言葉を選んでいるのが残念だけど、本文の細やかな描写は読み手を大正ロマネスクの世界に誘うのには十分よ。女性には"美が導き出す恍惚感"、男性には"コキュ的な愛情"を存分に味あわせてくれる名作とでも言うべきかしら。さ、お時間のある方は是非トライしてみて!!

080407.jpg池田理代子
「妖子(あやこ)」

欲望によって育つ種

池田理代子先生という人は漫画家ではないわ。彼女の才能は計り知れない・・・こういう人を真の"アーティスト"と呼ぶのよ!脚本力、画力、音楽、全ての芸術的要素が備わっているもの。

池田先生の作品は数あれど、後期の作品「妖子(あやこ)」は特に素晴らしい。画風が最近の作品に近い大人びた仕上がりになっている分、物語のダークさが強調されてかなり良い感じなの。

主人公の妖子は女囚と悪魔の子供なのだけど、女囚が病院で華族の娘とすり替えて、由緒ある家のお嬢様として育てられるようにしたのよ。何も知らない本人と華族の夫婦は幸せに暮らしてたけど、妖子の主治医がその事実に気付き彼女を悪魔の子だと証明しようとするの。家を守る為に、華族夫婦は大事に育ててきた妖子を殺そうと主治医と手を組んでしまう。

昨日まで幸せは消え、優しかった両親から命を守る生活が始まった妖子。しかし彼女の中で魔の部分が目覚めてゆき、自分を陥れる者たちを次々と闇へ葬る術を身につけていく・・・というお話なんだけど、一見描き方を間違えれば安っぽいアニメになりそうでしょう?

でも池田先生はこの悪魔の子が自分の力で人間を追いつめる部分でなく、愛を得たくても得られない苦しみにもがく純粋な部分を表現してるからとても深いわ。

悪魔なのに純粋・・・?と思う方もいらっしゃるでしょうけど、彼女は周囲の人間の欲や悪意と戦う為に、自分のダークサイドを開放するしかなかった・・・それだけなのね。

この世で本当に恐ろしいのは悪魔でも妖怪でもない。欲を持ち保身や目的達成の為にだけに生きる人間が一番怖いのよ。この作品を読んだのは今がら10年以上も前だけど、そんな風に読者に考えさせる池田先生は実は悪魔なのかもしれないわねえ。

Book Review

2008 4-5
池田理代子 / おにいさまへ・・・
尾崎士郎 / 聖妖女
森茉莉 / 甘い蜜の部屋
池田理代子 / 妖子(あやこ)

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