Book2008_12

081228.jpg斎樹真琴
「地獄番・鬼蜘蛛日誌」

地獄の新解釈

静かな時間を過ごしたいとお思いのあなたにお薦め!斎樹真琴氏著「地獄番 鬼蜘蛛日誌」。タイトルに負けない見事な内容だったわ。

地獄に堕ちてしまった女郎が鬼蜘蛛になり、閻魔から鬼の御用聞きと地獄の見回り、そして日誌を書くという仕事を命ぜられるの。とにかく地獄の捉え方が新鮮で、鬼はもとから地獄に存在していたのではなく、恨みを持った人間が地獄で復讐する相手を痛めつける為に鬼と化したというから面白い。

"賽(さい)の河原"にいる鬼は生前徳の高かった僧侶で、彼らは自分たちの説法を聞かず信心しなかった人間を恨んで石を積ませ続け、"なます地獄"の鬼は生前醜かったばかりに美しい者を恨む嫉妬の塊のような人間で、地獄で彼らの皮膚を剥がし目をくりぬき己の体に縫い付けているという有り様。

この地獄は人間の自分勝手な欲深さが理由で成り立っているので、恐ろしさよりむしろ親近感を覚えたわ。鬼蜘蛛もこのどす黒い世界に人間臭さを感じると同時に、神仏に対しての疑問が湧き上がり『神仏は人間に責任を押し付けるのでなく、生きて行けると思える何かを人間が間違いを犯す前に与えたらどうなのだ』と閻魔に食ってかかるの。

神仏はその"何か"を見つけるように彼女に言い残し去るのだけど、この2人の禅問答が実にテンポが良くそして深く"生きる事の強さと儚さ"がぐっと伝わってきたわよ。母に売られ女郎になった女が誰にも頼らず1人で生き、そして死に、蜘蛛となった今は地獄を駆けずり回っている・・・皮肉な事に鬼蜘蛛になった今、己が最も欲していたのは愛情だという事に気付くのだけど、彼女が感じている愛は人間に対してだけでなく宇宙に至るまでの大きなものなの。

人間は生きている間は常に愚行の繰り返し・・どこで自分の過ちに気付くかが今後の人生に影響してくるわ。読み終わった後、心の奥底に小さな暗雲と暖かな陽の光が混在してるような不思議な気分に陥ったピポ子・・今が悟りの時なのか・・!?

081219.jpg遠藤徹
「むかでろりん」

センスあるエロ・グロ

以前「姐飼い」という作品で衝撃のデビューを飾った遠藤徹氏の最新作「むかでろりん」を一気に読破!さすがに前作のようなインパクトには欠けるものの、独特な世界観は無法地帯とでもいうべきかしら。

今作は短編集なのだけど、どれもまずタイトルが個性的なのよ。主タイトルを始め「肝だめ死」「トワイライト・ゾーンビ」などなど・・・。茶目っ気たっぷりのタイトルにストーリーをあれこれ想像してみたけど、やはりそこは遠藤節!予想を裏切る展開だったわ。

異質な出来事や習慣、情景を当り前のように描き読者に納得させるという、その鮮やかな技には毎回感心させられるの。特に「むかでろりん」では擬音を巧みに使い、体温まで伝わってくるような生々しさだから思わずぞっとしちゃったわよ。文字が音で伝わってくるという、かつてない体験をしたわ!

ただ残念なのはテーマが伝わりやすいものと伝わりにくいものに別れてしまった事かしら・・・。

遠藤作品に親しみの無い読み手だと残虐シーンを追ってしまい、ただエロ・グロ・ナンセンスだと勘違いしてしまう人もいるかもしれないけど、敢てこれはエロ・グロ"有る"センスと言わせて頂くわよ!あまりにも非日常で加減を知らない暴走的な内容ではあるけど、全作通して伝わってきたのは遠藤氏が人間を深く愛しているという事。

生きて行く上で様々な事をしでかす人間を、憐れみ軽蔑しながらも愛おしんでいるのを文章の端はしから感じるのよ。ピポ子がAMAZORAの音楽で表現しようとしているテーマに近いから、こんなにも彼の世界観に魅かれるのかしら・・・。もし興味を持たれた方がいらしたら、デビュー作で自分の許容範囲かお試しあれ!そのうち、遠藤節が心地よく感じてくるかも・・・???

081209.jpg葉山嘉樹
「セメント樽の中の手紙」

労働者の叫び、教科書からの衝撃!

小学校の頃だったかしら・・・教科書と言うことを忘れて授業中いつい読み入ってしまった作品が幾つかあったわ。その一つが葉山嘉樹著の「セメント樽の中の手紙」よ。

プロレタリア文学の代表作といわれるこの作品は、幼少のピポ子を惹き付けるには充分すぎるほどのインパクト!今読み返してもグイグイ引っ張られていく内容だし、文章は古くささを全く感じさせないの。ちょっと文字を追っただけで情景が映画のように浮かび上がってくる・・・凄い文章力だわ。

物語はダム建設現場で働く男が、セメント樽の中から手紙を見つけるの。手紙の送り主はセメント工場で袋の縫製をしている女工さん。彼女は手紙で自分の恋人が工場で事故に遭い、セメントと共に細かく砕かれてしまったという事実を告げたの。そして愛しい人が一体どんな場所に使われたかを知りたいので、この手紙を読んだら返事が欲しいと言う。

ひょんな事から発見者となった男はどうするべきなのか悩みながら、ふと新たな命を宿している妻の姿に目をやる・・・彼にとって嬉しくもあり辛い事でもある命の誕生。もしかしたら我が子もセメントになってしまった青年のように、この厳しい時代に押しつぶされてしまうかもしれない。もし自分が裕福だったら・・・そんな風にも思ったかもしれないわね。一見グロテスクにとられるストーリーだけど、生きていくことにがむしゃらな人間の悲哀が溢れてる。

著者は戦時中の抑圧の中虐げられた貧しい労働者や山村農民達と共に生き、日本の文学の歴史上決して描かれなかった独自の世界を創造したわ。経験から生まれてきた作品だからこそ、描写も思想も充分な力強さがあるのでしょうね。葉山氏はもしかしたらこの作品群を生み出す為にこの時代に送り込まれたのかも・・・そんな気さえしてきたの。

衝撃的な作品だから、そういえば読んだことがある!と思い出された方もいらっしゃるんじゃないかしら?時を超えて再び読んでみると、その深さにハッとさせられる事間違いなしよ。是非!

081205.jpg恒川光太郎
「秋の牢獄」

輪廻転生、囚われか解放か!?

「夜市」という作品であまりの文章の美しさに驚かされた、恒川光太郎氏の最新作「秋の牢獄」を読破!いや~、又今回も読み終わった後に何とも言えない寂寥感を味あわせて頂きました。

ある時からずっと"11月7日"を繰り返す事になってしまった女子大生の藍は、時の囚われ人になってしまうの。どんな行動を取っても朝にはリセットされてしまい、又同じ朝が来る・・・孤独感に押しつぶされそうになる彼女の前に同じ境遇の青年が現われ、自分たちを"リプレイヤー"と呼び仲間がいる事を告げるのよ。

彼らは謎の白い浮遊体"北風伯爵"に遭遇すると存在が消えてしまうので、悪魔のように恐れていたのだけれど、もしかしたら"11月8日"に導いてくれる神なのかもしれないと思うようになったの。藍達は囚われているのかそれとも解放に向かっているのか・・・ラストは読み手の精神状態によって変わってくるかもしれない。

人間はいつか最期の時を迎えるわ・・・でもそれは今世の辛い別れと捉えるのか、来世への出発と捉えるのか、その考え方ひとつで死のニュアンスは大きく違ってくる。ピポ子は最近ようやく後者の考え方になってきたのだけど、それは歳を重ねてきたからなのかもしれないわね。

人間は生まれる時も死ぬ時も1人・・・だからこそ今世での出会いや時間を大切にしないといけない。ふとそんな事を恒川さんの優しい文体で諭された気がするわ。皆さんが存在するこの世界は牢獄ですか?それとも・・・。

Book Review

2008 12
斎樹真琴 / 地獄番・鬼蜘蛛日誌
遠藤徹 / むかでろりん
葉山嘉樹 / セメント樽の中の手紙
恒川光太郎 / 秋の牢獄

Book Review TOP PAGE