Book 2009 02

私の男桜庭一樹
「私の男」

ポップとインモラルの狭間

以前アカデミーヒルズを訪れた時、気になる本を見つけたの。桜庭一樹著の「私の男」・・・タイトルから恋愛小説であろうという匂いはしたのだけど、そんなにあっけらかんとした内容ではなかったわ。

簡単に言ってしまうと、父と娘が親子という枠を超えお互いを求め慈しみ合うという禁忌的なストーリーではあるのだけど、これは彼らが"究極の血の繋がり"を欲した結果に過ぎないの。

身体的でもなく精神的でもなく細胞レベルで・・・これ程までに人間同士が深く繋がり合えることがあるのだろうかと、羨ましい気分になったわ。物語は6つのチャプターに分けられており、娘の視点、父の視点、父の元彼女の視点で描かれ、ストーリー自体が少しずつ逆行して構成されているの。

不思議な事に、現代の日本が舞台になっているにも関わらず、読み進めて行くうちに何だか現世ではない様な錯覚を覚えてしまう。9歳の時両親を事故で亡くした花は、27歳の淳悟に引き取られ、嫁ぐまでの10数年間奇妙な親子生活を送るの。実は本当に血のつながっていた2人は強い絆で結ばれ、自分たち以外に全く興味を持たなかった・・・しかし世間の"モラル"が彼らの関係を打ち壊そうと襲いかかり、互いを守ろうとした親子は罪を犯してしまう。

幾つもの重い秘密をもった事で、本来ならドロドロの荒んだ状態になっても不思議ではないこの2人は、不思議なほど優雅にひっそりと、そして清々しく生きているのよ。どんな男女が訪れようとも自分たちの血に勝るはずが無い、この自信が自分たちの愛を貫いているわ。これほどまでに人間同士が愛し合い、溶け合う事が出来るのだろうか、そう、人類への挑戦と言っていいわ!リアルであって夢物語、夢物語であってリアル・・・一種浮遊感を覚えるかも。

この不思議な小説は、直木賞受賞でかなり注目を集めたから、そのうち映像化されるんじゃないかしら。でも、こんな難問に挑もうとする果敢な輩がいるならば、是非名乗りを挙げてもらいたいものよね!日本じゃ絶対無理だぁ!

090212.jpg三島由紀夫
「鍵のかかる部屋」

秩序を保つための無秩序

一度読んだぐらいでは到底作品の真意を掴めない、挑んでくる本・・・そういう作品は実に魅力的であるわね。ピポ子が一番好きな挑戦者は”三島由紀夫”なんだけど、今回は彼の短編集「鍵のかかる部屋」。

年の差がある男女間の恋愛小説なんて腐るほどあるけど、三島はこの作品でまた新たな魔性の女を誕生させたわ。物語は戦後間もない日本、財務省に勤めるエリート官吏の一雄は、ある女と親しくなり彼女の家の鍵の掛かる部屋で夫が戻るまで秘密を共有していけど、女は持病の発作で突然死亡してしまう。やがて9歳になる女の娘”房子”は彼に懐き、やがて鍵の掛かる部屋で新たな楽しい時間を過ごすのだが・・・というお話よ。

魔性というのは、この房子という少女の事なの!母親が色々な男性を招き入れるのを側で見ていたせいか、天性なのか、男性に媚びるという事を本能で理解してるのよ。只小さくて可愛い少女が初潮を迎えてから変化し、今まで乾いていた唇さえも潤い光り出している。

一方、一雄は常に日常や仕事に対して無意識を心がけ自分の内なる世界で生きていたのだけど、房子と親しくなってからは彼女を意識し内なる世界だけに生きられなくなってしまうの。その葛藤からか、彼は自分の夢の中で『誓約の酒場』という場所に訪れるようになったわ。

そこを訪れる者は皆、己の素直な感情を告白するというルールがあるのよ。ある男は少女を絞った血の酒の話をし、ある男は女の体中に洋服を着たような入れ墨を入れ、そのまま買い与えたコンパクトを肉を裂いたポケットに入れさせ・・・。こういったサディスティックな欲望を話す事で現実世界での常識的な自分を保っているの。

人と人が関わり合いを持つ以上、何かしら感情や行動が生まれるのは当然。時には感情を抑え笑顔で秩序を保たなくてはいけないことも沢山あるわ・・・自分がコントロール不能になる前に人間の最高の機能である”想像力”を駆使してこの世の秩序を保っている。一雄がこの秩序を守れたかどうかは結末を読んでからのお楽しみだけど、皆さんはどんな方法で無秩序を楽しんでいるのかしら・・?

090206.jpg宮部みゆき
「あやし」

影牢、読み手と書き手のセッション

時代物はあまり読まないのだけど、ちょっと面白そうなので宮部みゆきの「あやし」という本を取り寄せてみたの。

女性が描いているというのもあってか、ベタベタな時代劇になっていないので読みやすかったわ。短編が8つ入っているのでまだ全部は読み終えてないのだけど、今のところ『影牢』はなかなかのものよ。

物語は全て大店の番頭松五郎の独白で進行していくスタイルで、彼が店の中で起きた悲劇について語っていくのよ。働き者の大旦那夫婦が店を仕切っていたんだけど、大旦那が亡くなり不肖の息子が後を継ぐ事になったの。息子は婚期を逃した我儘な娘を迎え、2人は店のお金を使い込みやりたい放題。おかみがそんな様子を見かねて口を出すと、若夫婦は牢座敷を作り彼女を閉じこめてしまった・・・というお話なの。

文章を読み進めて行けば行くほど、読み手側が親身に松五郎の話を聞いている気分になるし、間の置き方も抜群で見事な会話として成立しているわ。ラストはちょっとした衝撃なんだけど、一人称の会話だけで登場人物の人物像や背景、心の動きまで表現されているのはお見事!

主従関係の厳しい時代であるにも関わらず身分を越えた信頼関係の素晴らしさと、それ故に起こってしまった悲劇のコントラストがいつの世も変わらない人間社会の欲をえぐり出しているの。一見怪談集かと思われるこの短編集、人間の業や欲を女性ならではの視点で描いているようね・・・次のお話も楽しみになってきたわ。では、今日はこの辺で・・・。

Book Review

2009 2
桜庭一樹 / 私の男
三島由紀夫 / 鍵のかかる部屋
宮部みゆき / あやし

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