日野日出志
地獄の絵草紙(地獄小僧の巻)
生と死を深く描く”人間作家”
漫画家の日野日出志先生は人生の師よ!
先生はホラー漫画の重鎮と呼ばれているけど、ホラー作家というだけではなく人間の生きる故の悲しみや苦しみ、そして生と死を深く描く”人間作家”と呼ぶべきかもしれない。
幼い頃、あまりにもインパクトのある先生の作品に圧倒され、自分の本棚にコレクション出来ずにいたけど、大人になってから先生とお話をし画集を拝見して、その恐るべきエネルギーと哲学に衝撃を受けたわ。今こそ作品の本意を自分なりに理解出来るようになったのではないかと思い立ち、ようやく日野先生の漫画を集める事にしたの。
だけど入手困難な物も多く、少しずつネットや古本屋を当たることにしたのよ。今日は比較的手に入りやすい22年前刊行された「日野日出志選集・地獄の絵草紙(地獄小僧の巻)」を紹介するわ。
天才医師で地元の名家の主『円間(えんま)』は家族で外出中事故に遭い、愛息大雄(だいお)を失うの。悲しみに暮れる夫婦の前に突然一人の男が現れ、息子を生き返らせる方法を告げていったわ。藁にもすがる思いでその恐ろしい方法を実践すると死んだ息子が蘇り、そこから円間一家の破滅が始まるの。
死者が生きた人間を食らう・・・なんていうホラーにありがちな残虐な展開ははあれど、日野先生は”生の世界にこそ地獄がある”という事を訴えているのよ!
人間の偏見、驕り、執着・・・様々な念が今生を地獄絵図に変えている事を知っていながら我々はのうのうと生きているんだと気づかされたわ。
この本では単行本には収録されていないラストが追加されており、前半の色々なシーンがコラージュされてまるで映画のような演出になっているの。この部分で地獄小僧の運命の重さや悲しみが色濃く表現され、作品のテーマが心に刺さってきたと言えるかも。・・・子供には分かりません!日野作品恐るべし!!
本谷有希子
「腑抜けども 悲しみの愛を見せろ」
己に向かうベクトル
不思議なもので、”気になる本”って本の方から読み手を呼ぶのよね。この本もそう・・・。
読み始めた当初は人物の描写がくどいほどに細かく、三島由紀夫を思わせる部分も多かったけど、読み進めていくうちにその味の濃さは丁度良い加減になっていたから不思議。文章を書ける人というのは、料理同様その味わいの深さもさることながら、様々な味付けで小さく大きく変化をつけられるものなのね。
内容は両親の事故死により故郷の田舎に帰ってきた女優志願の美貌の姉と漫画を描く事で自分を表現する地味な妹、己を犠牲にしても家族の幸せを考える兄、一見愚鈍ではあるけど家族と愛を欲する兄嫁・・・4人それぞれの思惑が見え隠れし、やがてそのベクトルは己へと向かっていくという破滅的なストーリーよ。読み終えるとピポ子心にあまりにシンクロして気分が悪くなったわ。
姉の美貌に比例するくらい並はずれた自己愛・・・それが理由で一家は追いつめられていくのだけど、結局それは姉自身が己を守るための唯一の武器だったの。女優としての才能がなくてもそれを認めず、ただ誰かが自分を導いてくれるのを待っている。それに対して根暗な妹はそんな姉の華やかさに惹かれつつ、彼女の負のエネルギーを糧にし自分の才能を花開かせてしまう。果たしてどちらが”悪い”のかというとどちらも悪いし悪くもないのよ。
そんな彼女達の間でバランスをとっている兄嫁は愛する人を失ってしまうけど、最終的に勝者になるという実に皮肉な展開・・・。
でも何故これ程この作品に惹かれたのかと考えた結果、妹の漫画に取り組む姿勢や考え方が今のピポ子に酷似していていたからだったのよ!どんな悲惨な状況も自分の作品にしたいと思ってしまう・・・うぅ複雑。女優になりたい、ミュージシャンになりたい、自分の夢を叶えたい・・・そう考えている人達には絶対お薦め!!
著者の『現実は”こう”ですよ。思い知れ!』という嘲笑と、『そこから”どう”やっていく?のし上がるの?』というエールが同時に鳴り響いてくる事間違いなし。この作品は映画化されているけど、見たいとは思わないわね・・・なぜなら、この本を読んでしまったピポ子自身に己が向かってきてしまったから!
桜庭一樹
「ファミリーポートレイト」
シンクロする一卵性愛
「私の男」で衝撃を与えた桜庭一樹の最新作「ファミリーポートレイト」・・・読み終えてとてつもない重圧感を覚えたわ。それはきっと作者が発する言葉がピポ子の心に刺さったからかもしれない。
517頁に及ぶ今作は読み応え充分!ぐいぐい物語に引き込まれ、2日で読み終えちゃった。
ストーリーは、少女コマコが若くて美しい母マコと共に逃亡生活を続ける"旅"の章と、その後成長したコマコが作家として生きて行くという"セルフポートレイト"の章で成立っているの。コマコは幼い頃から母と2人暮らしで裕福とは言えない暮らしをしていたけど、美しい母を心から愛し彼女の側を離れまいとするのよ。
一方美しい母マコもそんな子供を彼女なりの方法で愛するの。公営住宅、人里離れた村、温泉街、豚の屠殺場・・・母は自分の美貌を武器に日々の糧を得、娘はそんな母の邪魔にならないようひっそりと息を潜めて生きる。普通では考えられない状況ではあるけど、コマコは母の"女性"の部分を含めた美しさが誇らしく、アイラインがにじんで黒くなった母の目尻や徐々に老いて行く母を見て絶えられなくなってしまう。
彼女は自分が女性らしい体になって成長して行く事に嫌悪感を感じ、母を守る騎士であり母になりたかったのよ。男性の皆さんはこの感覚がいまいち理解出来ないかも知れないけど、ピポ子は幼少の頃コマコと同じ感覚を持っていたので凄く良く理解出来るわ。母が美しく着飾ったりメイクをしているのを見るとたまらなく嬉しく、自分はわざと男の子っぽい格好をして母に男性が近寄ってくると思わず守ったものよ。
そんなピポ子を母は『おかしな子』と思ったようだけど、その感覚はもしかしたら胎内に居た時に宿っていたのかも・・・。今思い出すとそれが何なのかはっきり答えられないけど、このコマコは自分とシンクロしている!彼女が後半小説をを創作する工程や取り組み方、考え方が描かれているのだけど、これも全く同じで驚かされたわよ。
己を削り絞って自傷しながら言葉を紡いで行く様は表現者なら誰もが経験する事。その呻きの中で作品を生み出して行くのは、どんなジャンルでも一緒なのよ!あまりにも書きたい事が多くなってしまうのでこの辺で止めておこうかしら・・・。
今作は桜庭一樹の自伝的なお話と言われてるので、もしかしたらピポ子と桜庭氏は感覚的に酷似する部分が多いのかもしれない。だからこそこんなに魅かれるのか・・・と納得したわ。ペンネームは男性っぽいけど、実は桜庭氏は女性なのよ!機会があれば是非対談したいなあ。
ディー・レディー
「あたしの一生、猫のダルシーの物語」
愛は哀に勝るもの
"泣ける話"とか"泣ける本"なんて良く聞くけど、こういう書評をするのは嫌だわ。だって、はなから"泣くぞ!"と準備しているようなものですもの。
しかし、しかし・・・この本はわかっていたけど読んでしまった。「a CAT'S life 〜あたしの一生 猫のダルシーの物語」
タイトルからして大雨注意報の予感よ。生まれたばかりの白と黒のまだら模様の雌猫ダルシニア、通称ダルシーは人間の女性と出会い引き取られる事になったの。一見人間がダルシーを選んでいるようだけど、本当は彼女が人間を選んでいたのよ。
この物語は全てがダルシーの視点で描かれているのだけど、江國香織さんの訳がテンポ良く、シーン毎の情景をパッと思い浮かばせてしまうからお見事。ダルシーは飼い主を『あたしの人間』と呼び、しもべだと思っているの。だから人間が『あたしの仔猫よ』と言うと腹を立たせてしまう。けれど彼女が囁く愛の言葉はダルシーを優しく包み、その絆をより深いものにして行ったわ。
ある時飼い主が友人との付合いを優先し家を数日空けた時、ダルシーは不安で餌も喉に通らなかったの。やっと帰ってきた彼女に甘えながらも、きちんと人間を教育しなくては・・・と勝ち気な考えを持ったりする。でもこれらはあくまで人間の勝手な思い込みで描かれてるけど、必ずしもダルシーの感情は思い込みとは言い切れないわ。
ピポ子家には4匹猫がいるのだけど、物語を読み進めて行くうちに「ああ…うちの子もこんな風に思ってるかも」と思い当たる節満載なんだもの。これほどまでに猫に愛情を持っていなければこの作品は生まれなかったでしょうね。
どのページを開けても日だまりのような暖かい愛でいっぱい。言葉で意志疎通が出来ない分心を通じ合わせられている証拠だわ。果たして人間同士寄り添って生きたとしても、ここまでの濃厚な愛を与え合う事が出来るのだろうか・・・。うちの猫達も長生きして欲しいな・・・あ、ドライ出さなくちゃ。